父の事
一夜にして現れた巨大なしこり。
虫刺されだったか。湿疹でこんなのないし、腫れてるんだな。まだ痒いし、掻きすぎて赤ポチの先から血が出てる。
蚊に対してのアレルギーがあるので、蚊に刺されるといつも酷い腫れになり、なおりも遅い。それにしても急に腫れたなー。
痒みだけは何とかしたいな。そのうち腫れは引くだろう。
時計を見る。すごく寝たな。
有給取って正解!
もとからぐーたらだけど、最近なんか凄くしんどかったからな。よく寝た。今日は一日取り溜めしたバラエティー番組を見ながらゴロゴロしよう。
我慢できずに痒い胸を時折さすり掻きをしつつ居間兼台所に行くと、父が居る。
珍しい。父は家でジッとしていられない人で、数十年前退職時に、時間を持て余してしまうことを想定し、退職金は俺の好きに使うからな、という宣言の元、畑作業の出来る庭付きの旧い家を買った。
その家を大工さんと一緒に1年くらいかけて建て替えた。
完成後の家は完全に父の趣味の世界。憩いの場。
毎日朝からそこへ通い、釣り道具弄りや、畑作業。3時頃までいて、いったん帰った後は、これまた趣味の1円パチンコにいくので、祝祭日平日変わらず夕飯まで帰って来ることは無い。
本当は母と一緒に、その家に移り住む予定だったのだが、母が住み慣れた我が家を離れるのを嫌がったため、移住とはならなかった。
母があまり興味をもたないため、昔は一人でその趣味の家に行っていたが、母の衰えがひどくなってからは、一人にしておけないと一緒に行く日も増えていた。
今日は出けないんだね、と声をかけると、「今からでかける」と言う。一人で。
今日は私が居るので、母は連れて行かないと言う。別に構わない。私はぐーたらするため家にいるので、母と居られる。
行くからな。とまた父は言った。
続けて、「また癌ができたが、もう今度は治療しないからな」と決定事項を告げる声で宣言し、出かけてしまった。
父の宣言はいつも絶対だ。
父は恐ろしく頑固で怖く、謝らず、人のいう事を聞かず、相談もしない。